江戸の知恵に学ぶ地域の絆と、令和に紡ぐNAMOWのMy Choice 寺子屋の歩み【後編】

前編では、現代の日本における家族のあり方の変化や、家庭・職場以外の3つ目の安心できる居場所(サードプレイス)がもたらす心のゆとりについて、データと共にお届けしました。今回は、そんな現代の暮らしに心地よいヒントをくれる、江戸時代の教育の仕組み「寺子屋」の歴史を紐解きながら、私たちNAMOWの社会貢献活動への想いとつなげます。

時代の変化から生まれた、全国の学び合いの場

寺子屋という言葉の語源は、江戸時代よりもさらに昔、お寺が一般の家庭の子どもたちを預かって教育したことに由来すると言われています。

1603年、長く続いた戦乱の世が終わり、徳川家康が江戸幕府を開くと、日本は町づくり、村づくり、家づくりの時代へと大きく舵を切りました。支配も経済も庶民の家なくしては成り立たないと言われたこの時代、北は蝦夷地(現在の北海道地域)から南は薩摩(現在の鹿児島や宮崎地域)まで、日本の広い範囲が、徳川の時代によって統治されることになります。

幕府が日本各地の発展を進めたことは、人々にとって大きな生活の変化を意味しました。幕府からのお知らせである高札を読み解くこと、公的な届出を行うこと、さらには田畑の売買を行うことなど、日々の暮らしのあらゆる場面で読み書きや計算がどうしても必要な時代になったのです。こうした社会の変化を背景に、全国各地に誕生したのが寺子屋でした。

寺子屋とはどんな場所?

寺子屋は民間の人が自由に運営する私立の学舎で、開業するのに政府の許可は一切必要ありませんでした。読み書きに自信さえあれば身分に関係なく誰でも開業できたため、最盛期には少なくとも一つの村に1〜2つは存在したと言われるほど、地域に深く根づいていました。

また、初期の師匠はお坊さんが一般的でしたが、後期になると、医師や、地域の役職を持つような百姓・町人が師匠の半分以上を占めるようになります。

これらの寺子屋などの学校は、現存するものも多数あります。

日本遺産ポータルサイト:近世日本の教育遺産群 ─学ぶ心・礼節の本源─ STORY #001から出展。左上:閑谷学校/右上:旧弘道館/左下:長福寺本堂/右下:咸宜園跡(秋風庵)。日本遺産ポータルサイトでは、日本の各地に残る建造物と、その背景にあるストーリーが掲載されています。

どんなことを学んでいたの?

寺子屋での学びは、現代の学校のような一斉授業ではありませんでした。師匠は、子どもたち一人ひとりのレベルや将来の暮らしに合わせたカリキュラムを個別に実施していました。

初級では、まず自分の身の回りの人々の名前を正しく読めて書けるようになるテキストである「名頭(ながしら)」や、自分が生活している場所の地名を学ぶ「村名(むらな)・郡名(こおりな)」、さらには日本全国の地名を覚える「国尽(くにづくし)」など、身近な知識からスタートしました。

レベルが上がってくると、将来の生業に直結する商売のやり方を学ぶ「商売往来」や、実生活で交わされる証書の仕組みを学ぶ「諸証文手形鏡」まで、生きていく上で本当に役立つ実用的な知恵を身につけました。さらに生徒の能力に合わせて、ときには『徒然草』や『万葉集』なども使われました。

また、寺子屋はお勉強をするためだけの場ではありません。季節の移ろいごとに学舎に集まり、行事を共に過ごす場でもありました。

元旦には、年末のうちに師匠から渡されたお手本をもとに書き初めを行い、七夕の時期には、色とりどりの短冊にそれぞれの願いを書いて笹に吊るなど、子どもたちは知性だけでなく、日本の美しい四季の情緒や文化を育んでいたのです。

東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ:寺子屋の学習と往来物より。写真は増字五体名頭字(ぞうじごたいながしらじ)から

川柳から垣間見える、温かい日常

そんな寺子屋の温かい日常や、地域における役割、親子の様子を表す素敵な川柳(句)が今も残されていますので、いくつか紹介します。

初午(はつうま)の日から夫婦はちっと息

初午は、2月最初の午(うま)の日に全国の稲荷神社で行われるお祭りのことで、五穀豊穣や学問上達を祈願する日であり、江戸時代には寺子屋への入門が行われました。子どもが寺子屋へ通い始めると、親も少しの間だけ子どもと離れることができ、気持ちに余裕が生まれます。子どもを預けてちょっとほっと息をつく親たちの姿は、現代の子育て世代とも重なり、思わずふっと心が和みます。

 

七夕の師匠の筆は上へ下げ

七夕の行事の際、子どもたちは大好きな師匠への敬意を込めて、師匠が書いた短冊を自分たちのものよりも高い位置へと掲げました。お互いを敬い、大切に想う関係が七夕の風景からも伝わってきます。

 

師の恩は目と手と耳にいつまでも

字が読めること、書けること、漢文の読み方を学んだことはすべて恩師からいただいたもの。先生と弟子の絆は非常に強く、彼らが成人して大人になってからも、生涯にわたる温かい付き合いが続いたそうです。

絆を今につなぐ、NAMOWのMy Choice 寺子屋

一人ひとりの育ちに寄り添い、地域で子どもを見守り、同時に親の心にも小さなゆとりを生み出していた江戸時代の寺子屋。これこそが、私たちが今必要としている、温かい地域のサードプレイスの原点ではないでしょうか。

この先人の知恵を受け継ぎ、毎日がんばるママやご家族へ、安心して自分らしく過ごせるもう一つの居場所をお届けしたいという想いから、NAMOWの『My Choice 寺子屋』は生まれました。

これまでの開催でも、地域の皆さまや企業の温かい応援とともに、素晴らしい時間をつくり出しています。

回を重ねるごとに、ママやパパ、子どもたちの笑顔が重なり合い、My Choice 寺子屋は地域の安心と学びの場として一歩ずつ成長しています。各回の当日の詳しい様子や温かいエピソードの数々は、ぜひNAMOWのブログでもご覧ください。

笑顔になれる情報と居場所を、これからも

My Choice 寺子屋は、ママもパパも、おじいちゃんもおばあちゃんも、誰もが一緒に参加できる場所です。お届けする講座の間、お子様が笑顔でお話しても、ときには泣いてしまっても大丈夫。

「もっと頑張らなきゃ」と自分を律するのではなく、「少し安心した」「ちょっと楽になった」と、心がふっと軽くなる体験をこれからも地域の中に丁寧に紡いでいきます。

日々の暮らしが少しでも穏やかに、そして笑顔になれるきっかけを、これからも皆さまと共につくっていけることを心から楽しみにしています。

 

【参考文献】
高橋敏『江戸の教育力』ちくま新書, 2007年, 206ページ.
渡辺信一郎『江戸の寺子屋と子供たちー古川柳にみる庶民の教育事情ー』 2008年, 290ページ.
東京学芸大学教育コンテンツアーカイブウェブサイト
くもん子ども浮世絵ミュージアムウェブサイト内 「ミキハウス子育て総研『Happy-Note』掲載原稿 
日本遺産ポータルサイト:近世日本の教育遺産群 ─学ぶ心・礼節の本源─ STORY #001

 

 

▶︎▶︎このブログは、My Choice プロジェクトの一環として、発信しています。

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株式会社NAMOWが届ける、心と身体のウェルビーイングを高めるプロジェクト。 誰もが自分らしく輝ける選択肢を広げる「学び」や「気づき」につながる情報発信や、キャンペーン、居場所作り「居場所(My Choice 寺子屋)」を提案しています。